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大鹿村プチ移住体験ツアーに参加してきました

南信州の下伊那郡大鹿村で行われたプチ移住体験ツアーに参加してきました。

1日目は、...
手彫り洞窟体験

山椒、ワラビ摘み体験
標高2000メートルの天空の池からの眺め体験
民宿で大鹿村のご馳走と村人との語らい

2日目は、
大鹿村のおばあちゃんたちと山菜採りや五平餅炭火焼と昼食会

でした。

大鹿村は交通の不便な南信州にあっても、拡大に便が悪く、小渋川沿いの県道しか安全に通れる道はありません。村にコンビニはおろかスーパーさえなく(信号機すらありません!)、買い物は40分かけて街まで出ないと行けません。まさに高い山に囲まれた陸の孤島です。

そんな村に暮らす人々がどんな気持ちで大鹿村に暮らしているのか?、また移住される人は何が気に入って移住を決意したのか?田舎暮らしを応援する不動産屋の立場から知りたくて参加しました。

大鹿村はおおよそ人口1000人しかいない過疎の村です。しかし!ここ半年で人口が30人も増えているらしいです。しかも、小学校の児童数も増加傾向にあるらしいのです!なぜ、大鹿村に移住者が増えているのかその理由を大鹿村で開催された2日間の移住体験ツアーを通じて自分なりに分析してみました。

大きく考えて、3つの理由があると思います。

①生活に不便であることが、逆に生活することに喜びが生まれる

②ここにしかない美しい自然と歌舞伎やクラフトなど豊かな文化がある

③移住者を受け入れてきた歴史があり、住んでいる人が面白い

以下、具体的に説明させていただきます。

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① 生活に不便であることが、逆に生活することに喜びが生まれる

田舎は一般的に生活に不便です。大型商店はないし、コンビニすらない。公共交通は少ないし、学校も職場も遠い。パチンコはおろか映画館や遊園地などの娯楽もない。ですが、その不便さをもこの村の人は楽しんでいる印象がしました。

買い物は一週間に一度町にいけば済むように計画を立てていたり、車の運転が長くなっても、それは考え事をできる自由な時間と捉えたり、娯楽施設がなかったら、自分たちで歌舞伎やったり、地区で運動会をしたり、、、おそらく、人間って不便だったらそれなりに楽しさを見つけることができる動物だと思うのです。「無い」なら自分たちで「作ればいい」。この村の人は生きることにとても能動的です。

買い物に不便といっても、アマゾン使えば大抵のものは買えますしね。宅配便の人は村のお客さんの車のナンバーや職場も全部知っているらしいですよ(笑)ネットも使えるので、昔のような情報の格差はほとんどありません。だから、若い人はお洒落ですし、とても勉強家で進歩的な考え方を持っています。

また、この村の人って極端な貧富の差がない感じがしました。お金持っていても、使うところもないし、土地も安いから、生活コストが町と比べて格段に少なくて済みます。だから必要以上に稼ぐ必要は少ないのでしょうね。だから、人間によくありがちな、「ねたみ」や「やっかみ」が少ない。だからこそ、損得勘定抜きで助け合いができると思いました。1000人くらいなので、ほぼ全員顔見知り(笑)確かにプライバシーを守ることは難しそうですが、気軽に声を掛け合っていて、村人全員が大きな家族のように感じました。

例えば、都会に住んでいると、こんなに沢山人がいるから自分がいなくなっても誰もが関係ないと思ってしまいがちですが、田舎に住むと、人が圧倒的に少ない分、誰もが役割を与えられて、その他大勢のエキストラから、誰かの人生物語の登場人物になれるというか。そんな自分の存在意義を感じられるのも田舎で生きる大きな価値だと思います。

② ここにしかない美しい自然と歌舞伎やクラフトなど豊かな文化がある

やはり、中央構造線が作り出した大鹿村の景観は美しいです。高い山に古い民家、段々畑、深い緑色をした里山、地区を潤す水の音、とても良く澄んだ空気と光。日本人が思い描くような田舎の風景がいまだに残っている地区もたくさんあります。その美しい自然に惹かれて都会から移住される方が結構多いみたいです。田舎の不便な高台の土地に移住される方って、理屈じゃなくてその場所に立った時の「感性」で決めているみたいです。大鹿村にはその「感性」を揺り動かす景観がたくさんあるのでしょう。

また映画で有名になった「大鹿歌舞伎」を始め、豊富な材木を利用した木工製品をはじめとしたクラフト作家の移住者も多いみたいです。毎年、秋にクラフト祭りが開催されたり、大西公園の桜まつり(住人によると高遠のさくらと同じくらい見事らしい)があったり、結構イベントが多いらしいです。(なぜか、山奥の場所でレゲエコンサート?が開催されているらしい・・・)

クリエイターが多いのは、ゆったりと時間が流れる分、作品制作に真剣に向き合えるためでしょう。現代は情報社会なので、とかく文化をはじめ様々な価値観が都会から一方的に流入しがちです。大鹿村はある意味「ガラパゴス」のような土地なので、歌舞伎をはじめ自分たちの文化を守っていったり、文化をつくる人を支える土壌があると思いました。

③ 移住者を受け入れてきた歴史があり、住んでいる人が面白い

7年前に移住してきた村民の方に聞いたのですが、全国的な田舎への移住ブームが起こるはるか前の30年くらい前から、大鹿村には移住者を受け入れてきた歴史があるらしいです。ネットで調べたら、大鹿村にはかつてヒッピーと呼ばれるような人が住みついてゆるーいコミューン(共同体)を形成していったらしいです。最初はそんな移住者に反発していた村民も、村の仕事を一緒にするうちに次第に受け入れてきて、現在に至るみたいです。

だから、大鹿村の人たちってよく田舎にありがちな「よそ者」という概念があまりないようで、外国人であっても、都会の生活に疲れてきたような人も、ちょっと訳ありっぽい人も、この村が気に入ってくれるならウエルカム!してくれそうです。

そんなヒッピーの人たちや子孫?の方も多かったり、普通に農業やっているおじいちゃんが昔は歌舞伎の役者やっていたり、よい意味でクセが強い人が多いため、たぶんここに暮らして、こんな人たちと一緒にいれば人生飽きないのではないかと思いました。

今回のツアーで大鹿村で移住支援の活動をされている方ともつながりがもてましたので、こんな素敵な大鹿村に移住に興味がもたれた方がいましたら、ぜひご相談くださいませ。大鹿村の風景

17/06/04

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